人身事故の示談交渉

更新日:2021年12月06日

執筆者:弁護士 深田 茂人

交通事故被害者が損をしないための情報を手軽に得られるように、「交通事故お役立ち手帳」サイトを運営・執筆しています。そのコンセプトに賛同する全国の交通事故に詳しい弁護士とともに、無料相談にも対応しています。弁護士歴18年、交通事故相談担当1000件以上、大分県弁護士会所属(登録No33161)。

執筆者プロフィール

人身事故の示談交渉の方法、始める時期、期間などについて解説します。

交渉をしているスーツ姿の男性

示談交渉とは

交通事故の示談交渉とは、加害者が被害者に支払う金額を決めるための話し合いです。

示談交渉で知っておきたいポイントは次の2つです。

  1. 金額は決められていない。だから、話し合いが必要。
  2. 弁護士基準の金額を提案するとよい。

金額は決められていない。だから、話し合いが必要。

相談者(質問)
保険会社から支払われる金額は決められているものですよね?
弁護士
いいえ。生命保険などとは違い、交通事故の加害者側の保険会社から支払われる金額は決められているものではありません。だから、話し合いが必要なんです。

生命保険など自分の加入する保険会社から保険金が支払われる場合は、金額の計算方法があらかじめ決められています。
その影響のせいか、交通事故の加害者側の保険会社から支払われる金額も、計算方法があらかじめ決められていると誤解されている方が多くいらっしゃいます。

そもそも、加害者が被害者に支払うべき金額があらかじめ決まっているということはありえません。
なぜなら、加害者と被害者の間には「事故があった場合にいくら支払う」というような決め事・約束・契約のようなものは一切ないからです。

そして、加害者側の保険会社は、加害者に代わって、加害者が支払うべき金額を被害者に支払うわけですので、その金額もあらかじめ決まっているということはありえないのです。

ですので、加害者が被害者に支払う金額は、加害者(または加害者側の保険会社)と被害者が話し合って決めるべきものです。
そして、両者が決める限りはどのような金額であってもよいのです(1円でも何十億円でもよいということになります)。

加害者側の保険会社は、加害者に代わって、このような話し合いを被害者としているということになります。
この話し合いを「示談交渉」といいます。

弁護士基準の金額を提案するとよい。

このように、加害者側の保険会社は、加害者に代わって、被害者と金額の話し合いをします。

しかし、話し合いでは金額が決まらないこともあります。
その場合は、裁判で金額を決めることになります。

裁判では、同じような事故であまりに金額が異なるというようなことがあると、国民の裁判所に対する信頼が損なわれてしまいかねません。
そこで、裁判所は、「このような事故の場合、金額の目安はいくら」というように、事故の内容に応じた金額の目安というものを用意しています。
この裁判で目安とされている金額を「弁護士基準」といいます。

ただし、あくまで目安ですので、裁判官はこの目安をもとにしながら、細かい事情に応じて金額を増減させています。

詳しくは弁護士基準のページをご覧ください

電卓を持つ弁護士
慰謝料などの賠償金自動計算機のページでは「弁護士基準」で賠償金を自動計算できます

そして、話し合い(示談交渉)の場面でも、弁護士基準での金額を保険会社に提案することが大切です。

理由は次の2つです。

  1. 示談金は、加害者側の保険会社と被害者が合意すれば、どのような金額であっても構いません。ということは、被害者は提案する金額を自由に決められるはずです(あまりに非常識な金額でない限り)。そこで、裁判の目安である弁護士基準の金額を提案することもできるということになります。
  2. 「もし話し合いがまとまらずに裁判になれば、弁護士基準の金額になる可能性が高いですよね。」という交渉術を使うことができます。

もっとも、保険会社も自由に金額を提案してきます。
保険会社は任意保険基準という金額を提示してきますが、これは保険会社の単なる希望の金額にすぎません。

話し合いの結果、任意保険基準と弁護士基準の間で双方が納得できる金額になれば、その金額に決めることになります(示談成立です)。

しかし、納得できる金額にならなければ示談は成立せず、裁判することになります。

裁判をするか否かは、

  • 弁護士基準の金額を増減させる事情があるか
  • 双方の過失割合はどれくらいか
  • 有利な証拠や不利な証拠としてどのようなものがあるか
  • 時間や費用はどのくらいかかるか

を検討して決めることになります。

証拠には、診断書やカルテなどの病院の記録や、実況見分調書などの警察の記録などがあります。

自分で示談交渉をすることに限界を感じる場合は、弁護士に相談することをお勧めします。

示談交渉を始める時期

示談交渉を始める時期は、以下のとおりです。

  • 後遺症が無い場合:治療終了後
  • 後遺症がある場合:後遺障害等級の認定後
  • 死亡事故の場合:四十九日の後が多い

治療が終了しないと、治療費の金額、慰謝料に反映される治療期間、後遺症があるかないかなどが確定しないため、示談金額を計算できません。

また、後遺症がある場合、後遺障害等級の認定結果によって金額が異なりますので、等級の認定結果を待つことになります。

死亡事故の場合、四十九日の後に示談交渉が開始されることが多いです。
交渉の時期についてのご希望がある場合は、保険会社の担当者に相談してみましょう。

示談交渉の期間

弁護士基準の金額に近づけるためには、示談交渉に時間がかかるのが通常です。

また、示談交渉が進まない場合、被害者が示談をしようとしない場合、示談が不成立になった場合などは、時効によって賠償金を加害者(または加害者側の保険会社)に請求できなくなったり、加害者が裁判を起こしてきたりすることがあります。

以下、詳しく解説します。

示談交渉にかかる期間

保険会社の提案する金額のままでよいということであれば、示談交渉に時間はほとんどかかりません。
しかし、保険会社の提案する金額はとても低いことが多いです。

過去の裁判例をもとにした弁護士基準で計算した金額を保険会社に提案して交渉することをお勧めします。

しかし、保険会社もその金額にすんなり応じるということはなかなかありません。
少しずつ金額が上がっていくということもあり、弁護士基準の金額に近づけようとするならば、それだけ時間がかかることになります(裁判しなければならないことも多いです)。

示談交渉に数ヶ月以上、裁判となったら1年以上かかるということもよくあります。

時効

遅くとも時効になるまでには、示談するか裁判するかしなければ、時効によって慰謝料などの賠償請求をすることができなくなってしまいます。

時効の期間は以下のとおりです。
*時効は、起算点や猶予など専門性の高い判断を要します。そのため、時効になる可能性がある場合は、早めに弁護士に相談することをお勧めします。

・人身事故の加害者に対する賠償請求
5年(2017年4月1日以降に発生した事故)
3年(2017年3月31日以前に発生した事故)

2020年4月1日に施行された民法改正により、5年になりました。同日までに3年が経過していなかったものも改正法が適用されるため、2017年4月1日以降に発生した事故の人身分の賠償請求権の時効が5年になります。
さらに、ひき逃げなどで事故時に加害者が判明していないケースでは、2017年4月1日より前の事故でも時効が5年になる可能性があります。

・人身事故の加害者の自賠責保険に対する請求
3年

・物損事故の加害者に対する賠償請求
3年

時効を止める方法

時効を止める方法には次のようなものがあります。

期間を猶予する合意書

治療が長引くなどのために時効となってしまうおそれがある場合は、加害者と時効を猶予する合意書を交わすことによって、時効が猶予されます。

1回の合意書では1年を超える猶予期間の合意はできませんが、猶予期間が過ぎる前に再度の合意をすれば、1年を超える猶予も可能です。
ただし、再度の合意を繰り返しても、通算5年の猶予が上限とされています。

権利の承認

加害者などの支払義務者が、被害者に賠償請求権があることを承認した場合、承認時から改めて時効期間がカウントされます(時効の更新)。

承認の具体例としては、治療費などの賠償金の一部支払いがありますが、承認とはいえないとして争われることもあります。

裁判

裁判所に訴え提起すると、裁判中は時効の進行がストップします。

時効になる前に、「示談」「期間を猶予する合意書の作成」「権利の承認」のいずれもできない場合は、時効にならないように裁判する必要性が高くなります。

加害者が裁判を起こすことがある

示談交渉が長期化した場合、加害者が裁判を起こすことがあります(実際に加害者を動かしているのは加害者側の保険会社であることがほとんどです)。

「なぜ、加害者が裁判を起こすのか?」と疑問に思われる方も多くいらっしゃいますが、法律でこのような裁判を起こすことも可能とされています。
なぜなら、加害者とはいえ支払いをしなければならない立場の人間が、いくら支払わなければならないのかが長い間決まらないというのは、あまりに不安定といえるからです。

そこで、加害者は、支払わなければならない金額の上限を裁判所に決めてほしいという裁判を起こしてきます(債務不存在確認訴訟といいます)

このような裁判に弁護士無しで対応するのは難しいと考えられます。弁護士に相談することをお勧めします。

示談すると後で覆すのは難しい

示談をすると、後で覆すのはとても難しくなります。
なぜなら、示談によって金額が決まって解決したはずだからです。簡単に示談を覆すことができるとすると、示談による解決ができなくなってしまうのです。

ですので、十分に情報を入手し、慎重に検討した上で、示談をしましょう。

示談をした後にどうしても示談を覆したい事情がある場合は、弁護士に相談することをお勧めします。

ただし、示談した時には予期できなかった後遺症が示談後に生じた場合は、示談をしていても、追加のお金を請求できます。
なぜなら、示談した時に予期できなかった後遺症は、その分を示談内容に含めることが不可能であったといえるからです。

ただし、次の2つについて被害者の証明が必要です。

  1. 示談した時に予期できなかった後遺症であること
  2. その後遺症は交通事故が原因で生じていること

示談後長く時間が経っている場合、上記2の証明が難しいことがあります。

最高裁判所昭和43年3月15日判決
「全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談がされた場合においては、示談によつて被害者が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきであつて、その当時予想できなかつた不測の再手術や後遺症がその後発生した場合その損害についてまで、賠償請求権を放棄した趣旨と解するのは、当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。」(*太字引用者)
奈良地方裁判所昭和54年7月12日判決
「傷害の全損害が正確に把握し難い状況の許に結ばれた示談契約で、かつ少額の賠償金以外は将来一切の請求を放棄する旨の約定がなされた場合、当時当事者が確認し得なかつた著しい事態の変化により損害の異常な増加が後日生じたときは、先の権利放棄条項はその効力を失うものと解するのが相当であるところ、右認定にかかる示談契約は前記認定の如き状況の許で締結され、当時交付された金額は六八〇、〇〇〇円であつたが、先に認定のとおり原告の症状は著しく重態で長期の治療を要し後遺症が生じたことに照せば権利放棄条項は効力を失つたものと云うべく、従つて、被告は右示談締結後生じた原告の後遺障害についても賠償する義務がある。」(*太字引用者)
東京地方裁判所昭和44年1月29日判決
「被告らはその際原告との間に将来にわたつて本件交通事故に基づく一切の請求権を放棄する旨の和解契約が成立した旨主張するが、・・・本件事故発生当初は原、被告らとも比較的軽微な事故と思つていたところ、後記のとおり長期間加療を要するものであることが判明し、被告ら側は、いわゆる事故報告をしていず原告側に損害額の増大に次第に不安を覚えていた等ともに早期示談を切望する事情が伏在していたので、昭和四一年一一月二七日頃に至り、原告の局所の腫脹症状軽快し、疼痛も減弱し、担当医師Aからも同年内に退院可能の旨の診断を得たので、被告Yと原告とは、受傷加療は同年末まであつて、翌年には完治するもので昭和四二年以降はもはや損害が発生しないものと互に思いこみ、結局本件事故により原告が蒙るべき損害の時的限界は、遅くとも昭和四一年末までであると考え、この間の総損害につき、入院治療費四万五〇〇〇円、休業補償金三万円(日額一〇〇〇円の割合による三〇日分)、留守居人手当一万五〇〇円(日額五〇〇円の割合による三〇日分)の合計九万円とし、原告において、その余の数額または費目の損害を請求しないことを約し、その頃右金銭を授受し、原告は同年一二月三一日頃石川病院を退院したことが認められる。すなわち、当事者間の前記合意は、本件事故発生当日から昭和四一年一二月末までの間原告において蒙り、または蒙るべき損害の填補についてなされた和解にすぎないと推認されるから、右和解の存在は昭和四二年以降原告の蒙つた損害につきなんらの消長を来たさないものと認める」(*太字引用者)
このページの執筆者
弁護士 深田茂人

弁護士 深田茂人
大分県弁護士会所属
登録番号33161

大分市城崎町の深田法律事務所代表。
弁護士歴18年、交通事故の相談を1000件以上担当してきました。交通事故被害者と保険会社の情報格差をなくしたいと思い、当サイトにて執筆しています。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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