2021.09.12 更新

既払い金

電卓と通帳

交通事故に遭い、加害者側の保険会社と示談をする前に、保険会社や労災保険などから治療費や休業補償などのお金がすでに支払われているというケースがあります。

このように、示談の前に支払われたお金は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引かなければならないのでしょうか

以下、支払われたお金の種類に分けて解説します。

加害者または加害者側保険会社から支払われたお金

交通事故の被害者は、加害者に対して賠償金を請求できますが、すでに加害者から支払われたお金があるのであればその分を差し引くのは当然です。

ただし、見舞金や香典として受け取ったお金は、原則として賠償金から差し引く必要はありません
なぜなら、見舞金や香典は賠償金とは別のものだからです。
ただし、明らかに常識的な範囲を超えるような金額であった場合には、賠償金として支払われたものとして差し引かれる可能性があります。

加害者側の任意保険会社からは、示談の前に治療費や休業損害などが支払われていることが多いです(加害者側の任意保険会社による示談前の支払いのことを「内払い」といいます)。

このような加害者側の保険会社(任意保険と自賠責保険を問わず)から示談の前に支払われたお金は、加害者に代わって支払われたものなので、示談の際には賠償金から差し引いて計算する必要があります。

被害者に過失割合がある場合の計算方法

被害者に過失割合がある場合、その分は賠償金から減額しなければなりません。

そして、加害者や加害者側保険会社から示談前に支払い済みのお金がある場合は、先に過失割合による減額をして、その後に支払い済みのお金を差し引きます(控除前相殺)。

たとえば、被害者に生じた損害額800万円、任意保険会社からすでに支払われた治療費や休業損害などの内払い金100万円、被害者の過失割合30%の場合、請求すべき賠償金額は、

800万円✕70%-100万円=460万円

となります。

加害者や加害者側保険会社以外から支払われたお金

国や自治体は、国民のあらゆるリスクを想定して、保険や公的給付の制度を設けています。
また、国民自身も、将来のリスクに備えて、保険会社と様々な保険契約(私保険)を結ぶことができます。

そのため、交通事故に遭った場合には、このような公的な保険や給付、私保険などからお金を受け取ることができるケースがあります。

たとえば、労災保険は、交通事故のケガであっても、業務中や通勤途中のものであれば、労災保険金をもらえることになっています。

このように、すでに受け取ったお金は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引かなくてよいのか(=二重にもらえるのか)、それとも、賠償金から差し引かなければならないのか(=二重にはもらえないのか)、が問題になります。

この問題は、国や自治体が公的な保険や給付の制度を設けたり、保険会社が保険商品を作ったりしたときに、賠償金との関係を必ずしも明確には定めることができていないために生じていると考えられます。

そのため、賠償金から差し引くべきだと主張する加害者側の保険会社と、差し引くべきではないと主張する被害者が争う機会がしばしばあり、裁判をして裁判官に判断してもらわなければ解決しないことがあります。

具体的に問題となる主な点は次の3つです。

1,賠償金から差し引く必要があるか。

2,差し引く必要がある場合、差し引かれるのは受け取ったお金と同種の費目のものに限られるか。

たとえば、労災保険金のうちの「休業」補償給付が差し引かれるのは、同種の費目である「休業」損害に限り、慰謝料からは差し引かれないか。
なお、差し引かれる費目が限られることを「費目拘束」といいます。

3,被害者に過失割合がある場合、過失割合による減額と、支払い済みのお金を差し引くのはどちらが先か。

たとえば、被害者の治療費などの損害額合計が500万円、被害者の過失割合が30%、すでに支払い済みのお金が100万円の場合、次のとおり、どちらが先かで賠償金に30万円の差が生じます。

(過失割合による減額が先)
500万円✕70%-100万円=250万円

(支払い済みのお金を差し引くのが先)
(500万円-100万円)✕70%=280万円

以下、加害者や加害者側保険会社以外から支払われたお金の種類ごとに、解説します。

ただし、上記2と3は、裁判官によって判断が異なることがあるので、注意が必要です。

*本サイトの賠償金自動計算機も、裁判例や実務の傾向をもとに「既払額」の計算をしていますが、最終的な判断をする場合は弁護士に必ずご相談ください。

労災保険からの給付金

労災申請書類と松葉杖

労災保険から支払われたお金は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引く必要があります

ただし、常に全額が差し引かれるわけではありません。
差し引くにあたっては、以下のルールがあります。

  1. 被害者に過失割合があっても、労災保険金が減額されることはない。
  2. 労災保険金が賠償金から差し引かれる費目は同種のものに限る(費目拘束といいます。たとえば、労災保険金のうちの休業補償給付が、賠償金のうちの慰謝料から差し引かれることはありません)。

少し分かりにくいと思いますので、具体例で説明します。

賠償金から労災保険金を差し引く具体例

交通事故による損害の内訳は次のア~クのとおりで、労災保険から、療養給付の480万円がすでに病院に支払われ、休業給付と障害給付の300万円がすでに被害者に支払われており、被害者の過失割合が30%の場合

(損害の内訳)
ア 治療費 480万円
イ 通院交通費 10万円
ウ 入院雑費 3万円
エ 入通院付添費 7万円
オ 休業損害 200万円
カ 後遺症逸失利益 800万円
キ 入通院慰謝料 110万円
ク 後遺症慰謝料 290万円

まず、療養給付と同種の費目は上記ア~エであり、その合計は500万円です。
この500万円から被害者の過失割合30%を差し引くと350万円になります。
労災からもらった療養給付は480万円であり、350万円を超えています。
そのため、ア~エの費目の賠償金を加害者側の保険会社に請求することはできません。
*なお、500万円-350万円=150万円を返さなければならないということはありません(上記1のとおり、労災保険金が過失割合によって減額されることはありません)。

次に、休業給付や障害給付と同種の費目は上記オとカであり、その合計は1000万円です。
この1000万円から被害者の過失割合30%を差し引くと700万円になります。
労災からもらった休業給付と障害給付は300万円なので、700万円から300万円を差し引いた400万円を、オとカの費目の賠償金として、加害者側の保険会社に請求できます。

最後に、上記のキとクの入通院慰謝料と後遺症慰謝料の合計は400万円です。
この400万円から被害者の過失割合の30%を差し引くと280万円になります。
労災からもらったお金の中に、これらの慰謝料と同種の費目はないので、差し引くものはありません。
ですので、キとクの慰謝料として、加害者側の保険会社に280万円を請求できます。

以上から、上記の例では、0円+400万円+280万円=680万円の賠償金を、加害者側の保険会社に請求できます。

*同種の費目が何かは裁判官によって微妙に異なります。労災からもらったお金を差し引く計算については、弁護士に相談することをお勧めします。

なお、労災保険の障害年金を将来にわたって受け取る予定である場合であっても、差し引く金額は支給を受けることが確定した年金の金額に限られます。
つまり、具体的な支給金額が確定して、支払い手続きがとられることが確定した金額のみ差し引かれます(現実に支払われた金額+将来の数ヶ月分の金額)。

過失割合による減額後に労災保険金を差し引く計算方法(控除前相殺説)は正しいのか

上記の例では、過失割合による減額をした後に、労災からもらったお金を差し引く計算方法をとっています。
つまり、上記の例では、ア~エの合計500万円から被害者の過失割合30%を減額して350万円とし、その後に、労災からもらった療養給付の480万円を差し引いて、その金額がマイナスになるので、ア~エの費目の賠償金を加害者側の保険会社に請求することはできないとしています。

このように、過失割合による減額をした後に労災給付金を差し引く計算方法は、最高裁判所平成元年4月11日判決に基づくものです。
この計算方法は多くの裁判例で採用されています。

最高裁判所平成元年4月11日判決
「労働者災害補償保険法(以下「法」という。)に基づく保険給付の原因となった事故が第三者の行為により惹起され、第三者が右行為によって生じた損害につき賠償責任を負う場合において、右事故により被害を受けた労働者に過失があるため損害賠償額を定めるにつきこれを一定の割合で斟酌すべきときは、保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するには、右損害の額から過失割合による減額をし、その残額から右保険給付の価額を控除する方法によるのが相当である。」

しかし、この判決では、担当した4名の裁判官のうち1名の裁判官が以下のとおり、反対の意見を述べています。

「裁判官伊藤正己の反対意見は次のとおりである。私は、上告理由第一についての多数意見に同調することができず、原判決は破棄を免れないと考える。その理由は次のとおりである。・・・法においては、使用者の故意・過失の有無にかかわらず、同項の定める事由のない限り、事故が専ら労働者の過失によるときであっても、保険給付が行われることとし、できるだけ労働者の損害を補償しようとしているということができる。以上の点に徴すれば、労災保険制度は社会保障的性格をも有しているということができるのである。・・・このように解すべきものとすれば、法に基づいてされた保険給付の原因となった事由と同一の事由による損害の賠償額を算定するに当たっては、右損害の額から右保険給付の価額を控除し、その残額につき労働者の過失割合による減額をする方法によるべきことになる。」

この反対意見の計算方法によれば、上記の例では、ア~エの合計500万円から労災の療養給付の480万円を差し引いた20万円に、被害者の過失割合30%を減額する計算をして14万円を、ア~エの費目の賠償金として、加害者側の保険会社に請求でき、被害者に有利な計算結果となります。

上記の最高裁判所の多数意見による判例は、学者による批判も多くあります

裁判ではなく、保険会社との話し合い(示談交渉)の場面では、上記の反対意見のように、労災保険金を差し引いた後に過失割合による減額をする方法を採ることもあります。

*本サイトの賠償金自動計算機では、最高裁判決の反対意見、最高裁判決に対する学者の批判、実務での取扱いの傾向をもとに、労災保険金を差し引いた後に過失割合による減額をする計算をしています。しかし、最高裁判決とは異なる計算方法ですので、保険会社と賠償金額を話し合う場面では、納得のいく範囲で譲歩することも考えられます。最終的な判断をする場合は弁護士に相談してください。

*なお、障害年金などの年金については、本サイトの自動計算機では、すでに受け取り済みの年金のみを既払額のB欄に入力してください。

健康保険・国民健康保険などの公的医療保険金

健康保険証

治療費の公的給付と傷病手当に分けて解説します。

治療費の公的給付(7割負担分など)

加害者側保険会社に請求する治療費から差し引かれます。

被害者に過失割合がある場合は、過失割合による減額をする前に、治療費の公的給付を差し引きます

*そのため、本サイトの賠償金自動計算機では、治療費の公的給付(7割負担分など)の分は、「治療費」「既払額」のいずれの欄にも入力しないでください。

傷病手当金

健康保険の被保険者は、治療のために仕事ができなくなった日が連続3日を超えた場合、傷病手当金を受け取ることができます。
*任意継続被保険者と特例退職被保険者を除きます。

傷病手当金は、加害者側保険会社に請求する休業損害に限って差し引くとする裁判例が多いです(費目拘束)

被害者に過失割合がある場合、休業損害から傷病手当金を差し引いた残りの額について、過失割合による減額をする裁判例が多いです(控除後相殺説)。

たとえば、被害者に生じた休業損害200万円、受け取った傷病手当金150万円、被害者の過失割合20%の場合の請求すべき休業損害の金額は、次のとおりです。

(200万円-150万円)✕80%=40万円

国民年金・厚生年金・公的共済年金などの公的年金

障害年金と遺族年金に分けて解説します。

障害基礎年金・障害厚生年金

国民年金法や厚生年金法は、障害が仕事に影響して稼ぎにくくなったお金を補填するために、障害基礎年金や障害厚生年金を支給することとしています。

交通事故のケガによる障害のために障害基礎年金や障害厚生年金を受け取った場合、そのお金は、加害者側保険会社に請求する休業損害と後遺障害逸失利益に限って差し引かれるとする裁判例が多いです(費目拘束)

被害者に過失割合がある場合、休業損害と後遺障害逸失利益の合計額から障害基礎年金と障害厚生年金の合計額を差し引き、その後に過失割合による減額をする裁判例が多いです(控除後相殺説)。

たとえば、被害者に生じた休業損害と後遺障害逸失利益の合計額5000万円、受け取った障害基礎年金と障害厚生年金の合計額1000万円、被害者の過失割合20%の場合の請求すべき休業損害の金額は、次のとおりです。

(5000万円-1000万円)✕80%=3200万円

なお、将来にわたって障害基礎年金や障害厚生年金を受け取る予定である場合であっても、差し引く金額は、支給を受けることが確定した年金の金額に限られます。
つまり、具体的な支給金額が確定して、支払い手続きがとられることが確定した金額のみ差し引かれます(現実に支払われた金額+将来の数ヶ月分の金額)。

*本サイトの賠償金自動計算機では、すでに受け取り済みの年金のみを既払額のB欄に入力してください。

遺族年金

支給を受けることが確定した遺族年金は、賠償金から差し引く必要があるとする裁判例が多いです。

たとえば、国民年金法による障害基礎年金と厚生年金保険法による障害厚生年金を受給していた方や、国家(地方)公務員等共済組合法の退職年金を受給していた方が、交通事故で亡くなられた場合、その相続人は加害者側保険会社に対して、年金の逸失利益(将来受け取るはずだった障害基礎年金・障害厚生年金、退職年金)を請求することができます(詳しくは年金の逸失利益のページをご覧ください)。
また、交通事故で亡くなられたために、厚生年金法や国家(地方)公務員等共済組合法によって、遺族に遺族年金の支給が開始されることがあります。
そして、相続人が、遺族年金の支給も受けることができる場合、加害者側の保険会社に請求する死亡逸失利益(年金分のみならず稼働分も含む)から、遺族年金が差し引かれるとする裁判例が多いです

ただし、差し引く金額は、支給を受けることが確定した遺族年金の金額に限られます。
つまり、具体的な支給金額が確定して、支払い手続きがとられることが確定した金額のみ差し引かれます(現実に支払われた金額+将来の数ヶ月分の金額)。

被害者に過失割合がある場合、過失割合による減額を先にするか、遺族年金を差し引くのを先にするかについては、裁判例は分かれています

*本サイトの自動計算機では、できるだけ被害者に有利になるよう、遺族年金を差し引いた後に過失割合による減額をする計算をしています。なお、すでに受け取り済みの年金のみを既払額のB欄に入力してください。

介護保険からの給付金

介護保険からの給付金は、加害者側保険会社に請求する介護費用や付添費用に限って差し引く必要があるとする裁判例が多いです(費目拘束)

ただし、差し引く金額は、支給を受けることが確定した介護保険の金額に限られます。
つまり、具体的な支給金額が確定して、支払い手続きがとられることが確定した金額のみ差し引かれます(現実に支払われた金額+将来の数ヶ月分の金額)。

*被害者に過失割合がある場合、介護費用と付添費用の合計額から介護保険給付金を差し引き、その後に過失割合による減額をする裁判例が多いです(控除後相殺説)。

たとえば、被害者に生じる介護費用と付添費用の合計額5000万円、受け取った介護保険給付金2000万円、被害者の過失割合30%の場合の請求すべき介護費用と付添費用の金額は、次のとおりです。

(5000万円-2000万円)✕70%=2100万円

*本サイトの慰謝料などの賠償金自動計算機では、裁判例の傾向をもとに、介護保険給付金を差し引く計算をした後に過失割合による減額をする計算をしています。なお、給付金についてはすでに受け取り済みのお金のみを既払額のB欄に入力してください。また、既払額のB欄に入力した受け取り済みの給付金と同額が「治療費」「将来の介護費用」「その他費用」欄のいずれかに含まれている必要がありますので、注意してください。最終的な判断をする場合は弁護士に相談してください。

雇用保険からの給付金

雇用保険からの給付金(失業等給付の基本手当など)は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引く必要はないとする裁判例が多いです。

障害者福祉制度・福利厚生制度による給付金

賠償金から差し引く必要はないとする裁判例が多いです。

生活保護法による医療扶助や介護扶助

生活保護法による医療扶助や介護扶助による給付金は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引く必要があると考えられます(平成25年の生活保護法の改正のため)。

被害者側が契約している保険会社からの保険金

保険証券

交通事故に遭った場合、被害者やその家族が契約している自動車保険や生命保険などから保険金が支払われるケースがあります。
それらの保険金は、加害者側の保険会社に請求する賠償金から差し引かなければならないのかについて、解説します。

搭乗者傷害保険金

被害者側が契約する自動車保険(任意保険)から支払われた搭乗者傷害保険金は、賠償金から差し引く必要はないとする裁判例が多いです。

人身傷害補償保険金

被害者側が契約する自動車保険(任意保険)から支払われた人身傷害補償保険金は、加害者に対して賠償金請求の裁判をするかしないかによって、差し引く計算の方法が異なります(被害者に過失割合がある場合)。
非常に複雑な計算になりますので、弁護士に相談することをお勧めします。

生命保険金

生命保険金は、賠償金から差し引く必要はないとする裁判例が多いです(最高裁昭和39年9月25日判決)。

生命保険の傷害・入院給付金

生命保険の傷害・入院給付金は、賠償金から差し引く必要はないとする裁判例が多いです。

損害保険の傷害保険金・医療保険金

損害保険の傷害保険金・医療保険金は、賠償金から差し引く必要はないと考えられています

所得補償保険金

所得補償保険金は、賠償金から差し引くとする裁判例があります(最高裁判所平成元年1月19日判決)。
弁護士に相談することをお勧めします。

このページの執筆者
弁護士 深田茂人(大分県弁護士会所属、登録番号33161)
大分市城崎町の深田法律事務所代表。
弁護士歴15年、交通事故の相談を800件以上担当してきました。交通事故被害者と保険会社の情報格差をなくしたいと思い、当サイトにて執筆しています。